暗殺教団(4) エピソード2(「危険な二人旅・童謡『月の沙漠』」)
中世イスラーム史に異彩を放つ「暗殺教団」が活躍したのは、中東地域。
なかでも、現在のイラン、イラク、シリアなどの地である。
一般の人が、これらの中東地域をイメージする場合、「石油」、「暑い」、「紛争」などとともに、「童謡『月の沙漠』」が想い浮かぶかもしれない。
月明かりの沙漠、そこをゆったりとラクダに乗って旅する花婿と花嫁。 ロマンチックな情景である。
この童謡は、日本人の中東の沙漠地域の正のイメージ形成にかなり資したのではないかと思う。
  • 月の沙漠(さばく)を はるばると
    旅の駱駝(らくだ)が行きました
    金と銀との鞍(くら)置(お)いて
    二つならんで行きました
  • 金の鞍には銀の甕(かめ)
    銀の鞍には金の甕
    二つの甕はそれぞれに 
    紐(ひも)で結(むす)んでありました
  • さきの鞍には王子(おうじ)さま
      あとの鞍にはお姫(ひめ)さま
    乗った二人(ふたり)はおそろいの
    白い上衣(うわぎ)を着(き)てました
  • 広い沙漠をひとすじに
    二人はどこへ行くのでしょう
    朧(おぼろ)にけぶる月の夜(よ)を
    対(つい)の駱駝(らくだ)はとぼとぼと
    砂丘(さきゅう)を越(こ)えて行きました
    黙(だま)って越えて行きました
  •  
しかし、この童謡の作詞家が、果たして、実際のこの地域の事情に通じていたかは、はなはだ疑問である。
当時は、この地域に対する情報は、きわめて限られていたからである。 この地域をあまり知らないがゆえに、この詩情豊か歌ができたとのではと思う。
以下、この歌詞に対する身もふたもないコメントをしてみたい。 ただし、筆者は、この歌そのものは、歌詞、曲とも大好きである。

<月明かりの旅は危険>
歌詞は、「月の沙漠をはるばると.....」と、月夜の下、若い花婿と花嫁が、二人きりで、ラクダの背にのって旅するストーリーとなっている。
しかし、月明かりのもとでは、金銀財宝を積んだ、花婿と花嫁の二人だけの旅行は、地域の盗賊にとっては格好の標的である。狙われやすいのである。
昼間は50度もざらの灼熱地獄の中、日中旅するのは暑すぎるので、深夜に出発して、午前中に進行を終え、宿であるキャラバン・サライに着いていないといけない。 のんびりと、月の明かりを楽しむ風情はないのである。 うす暗い闇のなかを、目立たぬように、音もできるだけ立てないように粛々と進んだはずである。

<二人きりの旅は危険>
当時、旅に盗賊はつきものであった。 財宝が多ければ多いほど、護衛も必要で、その数も多くなる。
まして、王侯貴顕の子弟や子女が、二人きりで旅することは、考えられないのである。 派手にそれとわかる姿でラクダに乗ってはいけない。盗賊の格好の標的になるからである。
また、万が一、盗賊に襲われた場合を想定して、身代わりのものも、その旅に加わっていたかもしれない。 高貴な二人の周囲は、屈強な護衛が固め、緊張のもとに、旅は進行したはずである。 のんびりとゆっくりとした旅の雰囲気ではなかったと思われる。 案内が、道を先導したかもしれない。
しかし、沙漠は砂嵐など、気象によって様相が一変する。 目印としていた砂丘自体が、強い風で移動してしまうことがある。 道しるべとしていた、先の隊商などが進んだ道がわからなくなる。
すると、道案内の者は、必死で、わずかに隊商の人や動物が通ったらしい道筋を見つけ出す。彼は、人やラクダや死骸を探して回る。不幸にして倒れた旅人や動物の干からびた死体や白骨が、わずかに道筋を示唆するのである。
また、満天の星を仰いで星座の位置を確認し、行く方向の目星をつける。

<常に星を見ながら方向確認>
天空に対して、多数の星々を見えない線で結び、多くの星座を命名したのは、これらの地域のアラビア人やペルシア人である。 彼らは、おそらく自らの命を救うものとして、星座とその位置を身体と目で覚えたであろう。
星座を覚えない人は、すなわち、旅での死を意味したのである。

<おぼろ月夜はあり得ない>
歌詞では、「おぼろ月夜.....」が出てくるが、この地域では、おそらくおぼろ月夜はない。 おぼろ月とは、「夜の空に薄雲がかかっている時の月が、その薄い雲を透かして見える状態」」と定義するらしい。 すなわち、空気中の気体の状態での水分が、おぼろ月夜を現出するわけである。
しかし、空気が乾燥し、水分が空気中にほとんどないこの地域では、日中、空はあくまで深く蒼く澄み渡り、夜には星はあくまで燦然と清冽に光り輝く。空気は、水分をほとんど含まず、太陽や星の光はわれわれの眼に直行する。
したがって、星空はきれいで、肉眼で見える限界の六等級星まで、彼らには、くっきりと見える。
そして、月も、あくまで輪郭は明瞭に見え、空中の水分による影響は皆無のはずである。 この地域の絵画で、月が描かれたものはよく見るが、輪郭はあくまで明瞭である。

<遠距離なら「ラクダ」だが、近距離なら「ラバ」>
通常、この地域では、ラクダは遠距離用の乗り物とされる。粗食に耐え、水も一度与えたら、辛抱強く乾きに堪える。
また、頑丈である。 ラクダが「沙漠の船」と言われる所以である。
仮に、遠距離を旅行するなら、水と食料を積んだ、人間用の乗り物とは別の荷物用ラクダが相当必要なはずで、また、それを引率するラクダ使いや、時には、そのラクダ使いの助手までが必要なのである。 王侯貴顕の子弟同士の遠距離の旅なら、ラクダの数は一般旅人と比べ、相当多くなるはずである。
仮に、近隣の地域の王侯貴族の子弟同志の結婚なら、乗り物は、「ラバ」のはずである。
ラバは、ラクダとロバの「あいのこ」で、粗食に耐えるが、性格はラクダに比べて大人しい。扱いやすいので、お姫さまでも乗れるはずである。
一方、ラクダは、そののんびりした容貌に似ず、結構陰険で意地悪な性格である。 なめられると、臭い唾を吐きかけたり、蹴ったりする。唾を吐きかけれると、貴重な水で洗い流すわけにもいかず、閉口するそうである。
また、乗るとき前脚を折って、背を低くして人を乗せるのだが、突然立ち上がって振り落したりする。時には、言うことを聞かないラクダを鞭打った人が昼寝していると、わざとその上に乗って、骨折させたりすることもあるそうである。
ラクダは、頑健なので遠距離の旅には使うが、近くの旅なら、ロバやラバが安全なのである。

<二人は駆け落ちか?それはあり得ない!>
「二人はどこに行くのでしょう」、「黙って超えていきました」とあるから、逃避行の雰囲気も確かにある。
しかし、この地域は、イスラームの慣習で、女性は、いわゆるハーレムに隔離され、家族の男性にしか会わない。ましてや、王侯貴顕の子女なら、なおさらのことである。
結婚は、親同士の話し合いで決められ、花婿は相応の財産が必要である。花嫁も、身分にふさわしい持参の貴重品を持って行く。
更に、顔や体は、チャドルで謂われる覆いで、ほとんどすっぽりと隠している。眼の部分だけがかろうじて露出している。なかには、目さえも、荒い目のベールで覆っていることもある。
従って、結婚式の前に男女が一緒に出会うことは、この歌が作られた当時は、およそ無理である。
ましてや、お互いが惚れあって駆け落ちとは、およそ考えられない。
考えられるのは、若い男性が若い娘を略奪した場合である。 そして、娘は観念し、抵抗もせず、夜を徹しての逃避行を実行したとしよう。 この場合は、直ちに追手が差し向けられるはずで、急いで、全速力で逃げなければならない。
しかし、歌詞では、「ラクダは.........とぼとぼと……超え 行きました」とあるから急いでいる風情ではない。とぼとぼとしていたなら、追っ手につかまるからである。

<沙漠は正解>
この歌詞で、ひとつだけ、納得できる文言がある。 「沙漠」である。 普通の表記は、「砂漠」である。この「砂漠」は、砂のイメージであり、砂丘のイメージもある。いわば、鳥取砂丘や、九十九里浜の砂丘のイメージである。
しかし、一般的にこの地域の土地は、砂から生成された砂漠というより、赤茶けた水のない土地である。
したがって、水が少ない意味の、「沙」が適する。 従って、「沙漠」は、この地域の表現として、しっくり来るのである。

以上、愚にもつかぬことを長々とのべた。
ついでに、蛇足すれば、 <沙漠の旅はリスキーではあるが、利益も大きかった>と付け加えたい。
「月の沙漠」の童謡は、まことにロマンチックで詩情豊かな歌である。
しかし、この地域の沙漠を渡る、隊商や一般の人々の旅は、過酷でそれこそ命を張ったものであった。 この地を往来した、マルコ・ポーロ(父は「ニコロ・ポーロ」)の例のように、この地を往来した商人たちが莫大な富を手にしたのは、よく知られた話である。
「リスクなければ利益なし」という諺があるが、この地を横断する隊商は、まことにこの諺のとおりであった。 何らかの事情で、旅人や隊商の水や食料が尽きた場合、途端に死に瀕することになる。
また、ルートの周辺には、絶えず略奪者や盗賊が待ち構えていた。 旅に成功して巨富を成した成功者の裏には、その何倍にも及ぶ、悲惨な最期を遂げた旅人があったと考えてよいだろう。 無念にも死んだ人や動物の死骸は、やがて、朽ち果てて、白骨となり、ここを通る次の隊商や旅人の道しるべとなったのである。
東アジアやインドでは、「虎は死しても、その皮を残す」の諺がある。
一方、中東では、当時は、「人畜は、死して、旅人の道標となる」と表現できよう。
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